「ひだりー」の巻
飽食の時代になって、秩父でもヒダリ―ということばはほとんど聞かなくなったが、
戦中戦後の食糧難時代には毎日のように使った言葉だった。
ヒダリ―はヒダルイが秩父風に転じたものだが、古くはヒダルシといった。
約八百年前の『古今著聞集』に盗人が「ひだるく候ままに」盗みに入ったと語る場面がある。
また、芭蕉の句に「ひだるさは殊に軍の大事なり」がある。
腹が減っては戦はできぬということわざ通りである。
江戸後期の弥次喜多道中として有名な『東海道中膝栗毛』では「ひだるくてもう歩かれぬ」といっている。
同じ頃の川柳に「うぬ猿め猿めと杣はひだるがり」がある。
木の枝に吊るしておいた弁当を猿に盗られた山の人夫のおかしくても気の毒な様子である。
こんなに古くからつかわれていた、空腹になって体が干てだいる状態を表すことばが
秩父には残っていたのだが、この頃は「腹が減った」など味気ない言い方になってしまった。