「やまくじら」の巻
烏賊(いか)幟(のぼり)の遊びを幕府に禁じられた江戸庶民が、イカが悪けりゃタコならどうだと洒落(しゃれ)のめして凧揚げを続けたという話を、前号の本誌で読み、思い出したのが一昔前まで秩父に残っていたヤマクジラという言葉である。五代将軍綱吉の「生類憐(しょうるいあわれ)みの令」などで四つ足の動物の殺生(せっしょう)を禁じられて庶民は、手に入り易い猪を山鯨と言い換えて捕食した。兎は長い耳を羽と見立てて、一羽、二羽と数えて禁をすり抜けた。江戸市中でも山鯨の肉は秘かに売られていたが、幕末には店頭に山鯨の旗を立てて商う店も現れた。権力の理不尽な禁令に対しては、庶民は必ず合法的に対抗する知恵を持っていた。立憲主義のもとでは憲法は権力の手を握る。憲法9条は日本の戦力不保持と、交戦権を否定している。だから日本では世界七位まで上がっても軍事費ではなく防衛費、武器は防衛装備だし戦闘は武力衝突というらしい。昔は庶民が苦しい知恵を絞ったが、今や言い訳しているのは権力の側である。