「となりしらず」の巻
トナリシラズとは秩父地方のボタモチの異称である。
餅は景気のいい音をたてて近所に宣伝するようなものだが、同じ餅でもボタモチは作るのに音がしないから隣に知らず。
だが、元来搗かなければ餅ではない。
ボタモチは昔「掻い餅」といって、田の代掻きのように蒸した飯をすり鉢で突きこねて飴をまぶして丸めたものだった。
江戸時代になるとボタモチという言い方も生まれて、掻き餅と並んでつかわれていたことが文献でわかる。
春に作るのが牡丹餅で、秋に作るのがお萩などとまことしやかに説明する向きもあるが、これはこじつけにすぎない。
お萩は椀に盛った蒸し飯に小豆飴や黄粉をかけた宮廷料理で、その色彩が萩に似ているところから萩の花とかお萩とよび、これを丸めたのをお萩といった。
丸めてしまえばもうボタ餅と同じなのだが、そんな成り立ちから、ボタ餅とお萩の名が並立して使われていたというわけである。
春だ秋だと言い立てるより、隣り知らずの方がずっと機知に富んだ言い方ではないか。